太古の昔、女性がセックスの見返りに男性に求めたものとは?

太古の昔、人間は生きるために必死だった。

食糧難や病気、天災など様々な受難の下、生きるための知恵をつけてきた。

食糧難になれば狩猟をして野生のシカや馬などの肉を取ってくる男性がモテたわけである。

ただし、男もタダで肉を分けるほど甘くはない。

見返りとして女に、その肉体、つまりセックスを要求したのである。

売春は人類史上最も古い職業だと言われているが、こういう話を聞くとあながち嘘でもないと思えてくる。

現代においても、カジュアル・セックスを受け入れる女性は、そのかわりに、贈り物を要求することがある。

とくに妻子がいるオジサンなどには、結婚を求めても仕方がないので、なおさら、贈り物への要求は大きくなる。

これは、昔の女性が、カジュアル・セックスのかわりにシカの肉をいただくのと同じである。

ところが、女性がカジュアル・セックスを受け入れる場合でも、相手が独身であったり妻と別れそうだったりすると、そのスタンスは、ガラリとかわってくる。

女性たちにいわせると、「女は、知っている男のすべてを、夫候補者とみなしている」ということらしい。

十数年前に、アッシー、メッシー、ミツグ君、コード君(ステレオの配線をするだけの男)といった悲しい男たちが、クローズ・アップされたが、じつは、女性のなかでは、それらの男たちも、リッパに結婚の候補者とみなされていたわけだ。

となれば、カジュアル・セックスの相手なども、当然、結婚候補者の一人にほかならない。

それどころか、肉体を許すレベルまでいった以上は、かなり有力な夫候補者になるというわけだ。

男からすると、カジュアル・セックスの相手でありながら、夫候補者というのは、とんでもない矛盾に思えるだろう。

ところが、女性にとっては、矛盾でもなんでもない。

当選者一人にたいして、そのほかの候補者は、すべて落選の候補者にほかならないのだから。

それでは、女性は、どういうポイントに目をつけて、候補者たちをふるい落としていくのだろうか?

最大のポイントは、「ケチ」かどうかだ。

女性は、結婚の可能性のない相手に毛皮のコートやブランドのバッグを要求するのとまったく同様に、夫候補者にたいしても「とびっきりの気前のよさ」を求める。

なぜなら、女性にとって、結婚とは、極端にいえば、長期的にセックスとシカの肉を交換する関係を意味するからだ。

そのうえ、男は、「結婚をエサにセックス」という発想を抱きがちだが、じつは、女性にとっては、結婚そのものは、なんの代償にもならない。

最近、テレビで、5,000円なり1万円なりの法外なランチ・コースの特集をやっていた。

いったい、そんなものを、だれが食べるのだろうと思ったら、ターゲットは、すべて主婦のグループだという。

その一方では、一日の昼食代500円の夫たちが、特集され、ある種の女性たちにとって、結婚が、いかにおいしい契約であるかを、思い知らされたものだ。


男としては、そんなことになるくらいなら、「ケチ」とみなされたほうがましだと思いたい。

しかし「、ケチ」とみなされたら、一次予選での落選はまぬかれない。

気前よく女性に貢ぐ男は、いくらでもいるからだ。

そんなバカ野郎がいるかぎり、女性の戦略に、男はまんまとはまっていくのである。

つまり、女性に貢がずに〝ケチなまま〟女性を射止めようなんていう、うまい方法はないとあきらめたほうがよさそうだ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする