女の肉体風呂でドロドロの快楽に塗れるドン・ファン

ドン・ファンは17世紀スペインの放蕩青年で名を馳せた。

そのあまりのモテぶりに世界的に有名になってしまったほどだ。

そんなドン・ファンも心に闇を持っていたというから驚きだ。

ドンファンの由来は、一七世紀初頭にマドリードで上演された、『セビリアの色事師と石の招客』の主人公ドン・ファン・テノリオにある。

主人公のモデルは、さだかではないので、ある いは架空の人物なのかもしれない。

いずれにせよ、この舞台劇が、のちにモリエールの戯曲やモーツァルトの歌劇になったことによって、ドンファンの名は、プレイボーイの代名詞になるまで世界中に広まっていった。

物語は、宰相の息子だったドンファンが、高貴な姫君をたぶらかした罪によって、故郷のセビリアを追放されるエピソードからはじまる。

彼は、その罰に懲りるどころか、逃れた先のナポリでは、夜の闇にまぎれてナポリ宮廷に忍び込み、宮廷の花とされるイサベラ公爵夫人と関係をもつ。

以後の彼の遍歴は、たんに反道徳的なレベルを超えている。

漂着した浜辺で助けてくれた猟師の娘をたぶらかして捨てた後、セビリアで再会した親友の恋人をたぶらかし、彼女の部屋に忍び込んだあげく、その現場を目撃した父親を殺してしまう。

そして、逃亡者の身になりながらも、その行く先々で、また女性を誘惑するのだ。

どう考えても、これは、モテモテボーイのガール・ハント物語ではない。

そこで思い浮かぶのが、18世紀フランスのマルキ・ド・サ ドだ。

サド侯爵は、『ジュスティーヌ』、『悪徳の栄』、『悲惨物語』などのキリスト教の教えに反する小説を書きまくったことによって、病院に収容された。

が、その罰に懲りることなく、ひそかに病院から禁書を出版しつづけ、紙とペンを没収されて地下牢につながれた後は、自分の便で壁に小説を書いた。

それと同じように、ドンファンの遍歴には、「男は女性にたいして誠実であるべきだ」といったようなモラルに、まっこう勝負を挑んだという気配がある。

ドンファンのなかには、フツーの人間には理解できない精神的葛藤が渦まいていた。

だから、ケータイのメモに女性の名前をズラリと並べてエツに入っているような男を「ドンファンみたいだ」といったら、とてもドンファンに失礼なのである。

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