ヤクザに学ぶ!殴っても泣きながら歓喜の声を上げる女の育て方

銀座のクラブで、あるヤクザと話す機会があった。

そのヤクザが言うには、「女を手なずけようと思ったら殴る、蹴るは当たり前だよ。女は殴れば殴るほどアソコの締め付けが良くなる。その代りボロボロになって、もう限界という時に、バラの花を一輪プレゼントするんだ。そうすると、その女は声を上げて、また俺の上にまたがってくるんだ・・・。」

この〝バラ一輪方式〟は、心理学でいうところの「間欠強化」という心理メカニズムにのっとった作戦といえる。

ボタンを押すと、バナナがでてくる装置の前にサルを置くと、サルは、やがて、その装置の使い方を学習する。

バナナが欲しくなるたびに、装置のボタンを押すようになるのだ。

そのように、ある一定の行動にたいして、毎回報酬を与えることによって、その行動をくり返させることを「連続強化」とよぶ。

そこで今度は、装置を、ボタンを押しても、たまにしかバナナがでてこないようにセットし直す。

そうすると、それまでチョイチョイとボタンを押していたサルは、けんめいにボタンを押しつづけるようになる。

その段階で、サルは、バナナ一本への危機感をおぼえはじめるのだ。

それは、バナナ一本のありがたみを再認識したことを意味する。

それが、「間欠強化」が与える効果である。

19世紀ドイツの宰相ビスマルクは、「アメとムチ」の政策にあやつよって、社会主義者をたくみに操ったが、それも、「間欠強化」の心理メカニズムを応用した策に、ほかならない。

といっても、世にある「ダメ男」の大半は、もちろん、この心理メカニズムを意図的に応用しているわけではないだろう。


どちらかというと、女性のほうから、勝手に「間欠強化」にはまっているのだ。

たとえば、「彼って、とても優しくて。たまに、お料理をつくってくれるんです。野菜炒めが最高なんですよ」などと話す女性がいる。


この話を聞かされた人は、手づくりギョーザというならわかるけど、フライパンでチャチャッとできてしまう野菜炒めのどこが、そんなにうれしいんだろうと思う。


ところが、さらに彼女の話を聞いてみると、「同棲相手の彼」が、まったくなにもしない男だということが、わかってくる。

自分の脱いだ服は片づけない、ホワイト・デーには100円のアラレすらも贈ってくれない。それどころか、夜中に酔っぱらって帰ってきては、彼女が寝ているフトンの上にフライング・ボディ・プレスを浴びせかける。


それで、彼女が、野菜炒めに感激する謎が解けるわけだ。

日本の刑事ドラマで、仕事一徹で家庭をかえりみない鬼刑事が、病気で倒れ入院した妻のために、お見舞いのリンゴをむいてやるシーンがあった。

そこで、妻は、病院のベッドから身を起こして、コホッコホッとせきこみながら、「あなた、手を切りますよ」といって涙ぐむのだ。

この定番シーンでは、リンゴの皮むきは、結婚以来、夫がはじめてみせた優しさという設定になっている。

野菜炒め、リンゴの皮むきの喜びは、どちらも「間欠強化」の理論で説明がつくが、それですべての謎が解けるわけではない。

サルは、ボタンを押せばバナナがでたという経験がインプットされているからこそ、「間欠強化」にはまった。

とすると、「はじめにダメありき」の男を、女性が好きになる理由がわからなくなるのだ。

これはもう「男と女の不思議」というしかない。

女性のみなさん、野菜炒めやリンゴの皮むきくらいで喜ぶのはやめましょう、と警告するくらいしか私たちにできることはないのである。

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